宇都宮観光コンベンション協会

[宇都宮の歴史]日光街道を歩く-雀宮宿~宇都宮宿-(所要時間約3時間)

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雀宮宿から宇都宮宿まで二里一町(7.9km)を歩きます。
雀宮宿は、日光街道および奥州街道の16番目の宿駅である。日光道中の整備に伴い、雀宮村が開かれ宿駅となった。天保14(1843)年の日光道中宿村大概帳によると、雀宮宿には本陣1軒、脇本陣1軒が設けられ、旅籠が38軒あった。宿内の家数は72軒、人口は268人であった。
宇都宮宿は日光街道および奥州街道の17番目の宿駅である。宇都宮城の城下町にあり、両街道の追分であったほか、国内各地を結ぶ主要道路が通る交通の要衝で、日光街道で最も賑わった宿場町といわれている。天保14(1843)年の「日光道中宿村大概帳」によると、宇都宮宿には、本陣2軒、脇本陣1軒が設けられ、旅籠が42軒あった。宿内の家数は1,219軒、人口は6,457人であった。

1
JR雀宮駅西口
徒歩約5分
2
雀宮宿脇本陣跡

徒歩すぐ
3
雀宮宿本陣跡

雀宮本陣跡碑が残る。小倉半右衛門が勤め、名主、年寄を兼ね建坪は百五十坪であったという。小倉家は宇都宮氏の家臣として二万石を領したが、宇都宮氏が没落するとこの地に土着したとされる。
徒歩約5分
4
馬頭観音

祠の中には安政5(1858)年建立の馬頭観音と大正11(1922)年建立の生駒神や勝善神が安置されている。
徒歩すぐ
5
雀宮神社

長徳3(997)年八幡太朗義家の創建とされる。雀宮村の鎮守。正徳3(1713)年東山天皇より金文字で「雀宮」と書かれた「勅額」が下賜され、この額が社頭にあるため日光社参の将軍や諸大名は参拝を常としていた。
徒歩約40分
6
寿鶴薬師堂

堂内には地蔵尊や如意輪観音像等が安置されている。
徒歩約5分
7
菅原神社

学問の神「菅原道真」を祀る天神社。この辺りは台新田村立場後で高札場があったといわれる。領内の名主や町年寄は当社にて宇都宮藩主参勤の送迎を行なった。将軍社参の際は境内に仮の御茶屋が設けられた。
徒歩約40分
8
大エノキ

根方に鳥居と石祠が祀られている
徒歩約20分
9
不動堂

宇都宮友綱が造立した不動明王が安置されている。傍らには昭和3(1928)年建立の道標が立つ。
徒歩約5分
10
蒲生君平勅旌碑

蒲生君平は明和5(1768)年宇都宮の生まれで、寛政三奇人の一人。尊皇家で明治になって遺功が追賞された。
徒歩約5分
11
新町のケヤキ

推定樹齢800年で栃木県指定の天然記念物であったが、平成25(2013)年台風18号で半倒壊し、その後伐採され、現在は切り株が残るのみ。
徒歩すぐ
12
台陽寺

慶長10(1605)年の創建。墓所には戊辰戦争で戦死した宇都宮藩士の墓がある。参道の子安地蔵は宇都宮藩主戸田氏の守り地蔵尊であった。
徒歩すぐ
13
熱木不動尊

康平2(1059)年初代下野国司宇都宮宗円が欧州征伐の戦勝を祈願して彫った不動尊が祀られている。宇都宮城乾の守護仏であった。
徒歩約5分
14
一向寺

応永12(1405)年宇都宮12代城主満綱が造立した銅造阿弥陀如来坐像(国重要文化財)は「汗かき阿弥陀」と呼ばれ、異変が起こる前に汗をかいたという。
徒歩すぐ
15
菅原神社

学問の神「菅原道真」を祀る天神社。宇都宮城西の守護神であった。
徒歩すぐ
16
報恩寺

茅葺の山門は寛永16(1639)年創建時のもの。境内には戊辰戦争で戦死した薩摩、長州、大垣藩士の「戦士烈士之墓」がある。
徒歩約10分
17
上野本陣跡

建坪191坪余で門構え玄関付きであった。問屋を兼ね貫目改所が置かれた。現在は庭木の大イチョウを残すのみ。
徒歩すぐ
18
奥州街道追分

江戸からの街道は、ここで日光街道と奥州街道に分かれた。北へ向かう清住町通りが日光街道、東へ向かう大通りが奥州街道に当たり、多くの人馬で賑わった場所であった。
徒歩約15分
19
JR宇都宮駅




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