宇都宮観光コンベンション協会

[宇都宮の歴史]日光街道を歩く-宇都宮宿~徳次郎宿-(所要時間約4時間)

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宇都宮宿から徳次郎宿まで二里十八町(10.5km)を歩きます。
宇都宮宿は日光街道および奥州街道の17番目の宿駅である。宇都宮城の城下町にあり、両街道の追分であったほか、国内各地を結ぶ主要道路が通る交通の要衝で、日光街道で最も賑わった宿場町と云われている。天保14(1843)年の「日光道中宿村大概帳」によると、宇都宮宿には、本陣2軒、脇本陣1軒が設けられ、旅籠が42軒あった。宿内の家数は1,219軒、人口は6,457人であった。
徳次郎宿は日光街道の18番目の宿駅である。徳次郎宿は下・中・上の三宿で一宿とし、問屋は各宿にあり、月のうち上十日は中徳次郎、中十日は上徳次郎、下十日は下徳次郎が勤めた。天保14(1843)年の日光道中宿村大概帳によると、徳次郎宿には本陣2軒、仮本陣1軒、脇本陣3軒、仮脇本陣1軒が設けられ、旅籠が72軒あった。宿内の家数は168軒、人口は653人であった。

1
奥州道中追分
江戸からの街道は、ここで日光街道と奥州街道に分かれた。北へ向かう清住町通りが日光街道、東へ向かう大通りが奥州街道に当たり、多くの人馬で賑わった場所であった。
徒歩すぐ
2
蔵造りの商家

油を商い、副産物の油粕を肥料として農家に販売していた旧商家。
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3
三峯神社

天保3(1832)年武州三峰山の分身を祀ったのが始まり。
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4
延命院

木造延命地蔵菩薩立像を安置する地蔵堂は享保年間の建立で市内最古とされる。山門前には「蒲生君平先生少年時代修学の寺」の碑がある。
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5
桂林寺

蒲生君平や戊辰戦争で戦死した宇都宮藩士の墓が残る。本堂は戊辰戦争時に焼失し、後日再建された。
徒歩約15分
6
勝善神

神道の牛馬の守護神で、仏教系での馬頭観音にあたる。
徒歩約20分
7
柿塚神社

境内の神輿庫には「石橋町無形文化財神輿師」作の神輿が保管されている。
徒歩約10分
8
薬師堂

薬師如来を安置している。堂脇には文政5(1822)年建立の如意輪観音像十九夜供養塔の石仏石塔群がある。
徒歩すぐ
9
高尾神社

境内の地蔵堂には「妙吉安産子育地蔵尊」が安置され、堂裏の妙吉塚には「宝篋印塔」が安置されている。
徒歩約5分
10
桜並木

日光方面に向けて約16kmの桜並木が始まる。
徒歩約10分
11
上戸祭の一里塚

江戸日本橋より28里目。昭和58(1983)年に修復整備され、両塚とも原型をとどめている。
徒歩約15分
12
光明寺

真言宗智山派。将軍日光社参の折には境内にお茶屋が設けられたと伝わる。
徒歩約30分
13
高谷林の一里塚

江戸日本橋より29里目。昭和58(1983)年に東塚が修復整備された記録が残る。
徒歩約5分
14
第六接合井

大正4(1915)年建設の水道施設。レンガ造りの上屋は登録有形文化財に指定されている。
徒歩約5分
15
大谷道道標

「大谷道」「下徳次郎」と刻まれている。かつてここから大谷観音への道があったという。
徒歩約10分
16
赤岡神社

神社脇に下町屋台庫がある。
徒歩すぐ
17
薬師堂

山門は宝暦元(1751)年の建立。境内には六地蔵石憧、如意輪館音像十九夜塔等が安置されている。
徒歩約10分
18
徳次郎城址

後北條氏と手を結び宇都宮侵攻を企てる日光山僧兵の動きを封じるために、宇都宮22代城主国綱の家臣新田次郎昌言が築いた平城。宇都宮氏の滅亡にともない廃城となった。外堀、内堀、本丸跡等を残している。
徒歩約15分
19
田中道道標

神明宮への道標が残る。「神社入口道約5五丁田中道」と刻まれている。
徒歩約10分
20
智賀都神社

宝亀9(778)年日光二荒山神社の分霊を千勝森に勧進し「智賀都明神」と称し、徳次郎六ヶ郷の鎮守。参道口「長寿の夫婦ケヤキ」は推定樹齢700年をこえる県天然記念物。
徒歩すぐ
21
徳次郎六本杉

中央分離帯に復元されている。
徒歩約5分
22
二宮堰親水公園

二宮尊徳の設計で安政6(1859)年に完成した堰。田川から取水し徳次郎、宝木を経て宇都宮に用水を引いた。
徒歩約5分
23
上徳次郎バス停




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